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神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)1755号 判決 1987年11月05日

原告

浅野充

右訴訟代理人弁護士

野田底吾

被告

学校法人神戸弘陵学園

右代表者理事

溝田弘利

右訴訟代理人弁護士

竹林節治

畑守人

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が神戸弘陵学園高等学校の教諭の地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、別紙賃金表(一)記載の各金額欄記載の金員及びこれに対する請求期日欄記載の日の翌日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は肩書地において昭和五八年四月から神戸弘陵学園高等学校(以下「本校」という。)を設置する学校法人である。

2  原告は、同五九年三月一日、被告に本校の社会科担当教諭として同年四月一日付で採用され、その職務に従事してきた。

3  被告は同六〇年三月一八日原告に対し、原被告間の雇用契約(以下「本件契約」という。)は同月三一日をもつて雇用期限の到達により終了する旨の通知をした。

4  しかしながら、右雇用契約終了通知は、何ら正当な理由なく無効であるから、原告は依然として本校教諭の地位を有しており、同六〇年四月から別紙賃金表(一)記載の賃金の支給を同表の請求期日欄記載の日に受けるべきものである。

5  よつて、原告は被告に対し、右教諭の地位の確認と同表記載の賃金及びこれに対する同表記載の請求期日の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実については、原告が被告に同五九年四月一日付で本校の社会科担当の教員として採用され、一年間勤務したことは認めるが、その余は否認する。

被告は同五九年三月五日、原告を同年四月一日付で常勤講師として採用したものである。

3  同3の事実は認める。

4  同4の主張は争う。

仮に原告が同六〇年四月に教諭に採用されたとしても、その未払賃金等は別紙賃金表(二)記載のとおりである。

三  抗弁

被告は、原告と本件契約を締結する際、雇用期間を一年とする旨申し入れ、原告もこれを了承した。

四  抗弁に対する認否

否認する。

原告は被告から、同五九年四月七日ころ、原告の雇用期限を同六〇年三月末日とする期限付職員契約書を配布され、同五九年五月一五日ころ右契約書に署名捺印したことはあるが、これは被告事務局係長の横山孝美から「全員に書いていただく形だけのもので心配は無用。」との説明を受け、その旨を信じて署名捺印したにすぎない。

五  再抗弁

1  仮に、右期限付職員契約書への署名捺印によつて、期間の定めのない本件契約が期限付契約に更改されたとしても、右更改は、前記抗弁に対する認否欄に記載のとおり被告の欺罔に基づき原告が錯誤に陥つて合意したものであるから、無効である。また、原告は同六一年一月八日送達の本件訴状をもつて右更改の意思表示を取消した。

2  仮に、右期限付契約への更改が有効であり、あるいは被告主張のように当初から本件契約が期限付であつたとしても、生存権及び勤労権の保障(憲法二五条、二七条)、更には教員の身分保障(教育基本法二六条二項)の規定の趣旨に照らし、正当な理由なく更新拒絶することはできないと解すべきところ、本件の場合、原告と同年度に採用された教員は原告を除き全て契約を更新されていること、被告は新設校で教職員を大幅に増員していく必要があることからみて、正当な理由はないから、本件契約の更新拒絶は権利の濫用として許されない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実中、更改取消の意思表示があつたことは認め、その余は争う。

2  同2は争う。

原告は一年間の期限付であることを了承したうえ、被告と本件契約を締結したものであり、また、短期雇用期間を反覆更新したものでもないから、期間満了とともに本件契約は当然に終了するものであり、何ら権利濫用の問題は生じない。

仮に権利濫用の問題が生ずるとしても、原告には以下のとおり本校の校訓及び教育目標を理解、実践せず、本校教員としての適性が認められないから再雇用しなかつたのであり、権利の濫用にあたらない。

(一) 本校は、立派な社会人を育成する趣旨で設立され、「奮闘努力」「質実剛健」「尊敬慈愛」を校訓としており、その教育目標の一つとして「厳しいしつけで礼儀正しく慈しみある人間を育成すること」を掲げている。その実践として、また、新設校の教員間の協調性を培う方法として、教員にも服装の端正化を要請し、その中でネクタイの着用を徹底してきた。しかし、原告は被告理事長、本校教頭の指示及び同五九年一〇月一一日の理事長朝礼後における被告理事長の注意にもかかわらず、度々ネクタイの着用を怠つた。特に、同年一一月六日、本校内で各中学校の教員に対する入試説明会を開催するにあたり、事前に校長から新設校である本校にとつての入試説明会の重要性及び当日の服装についての注意をしたにもかかわらず、当日来訪者の案内係を担当した原告はただ一人ジャンパーを着用して出勤した。

(二) 本校ではあらかじめ教職員に通知して理事長朝礼を行なつているが、原告は同五九年一〇月二三日には無断欠席し、同年一一月三〇日は遅刻した。原告は、車のバッテリーがあがつた、交通渋滞にあつたと理由を述べるが、右事情は日頃から時間的余裕をもつて出勤すれば回避できるのであり、このことは原告の時間厳守に対する意欲及び自覚の欠如を示すものである。

(三) 被告理事長は同五九年六月二〇日ころ、本校の全教職員に対し、被告の将来を共に考え、教育活動の実効をあげる目的で、同年七月末日を期限とする「過去及び将来の神戸弘陵学園高校の教育の有り方」と題するレポートの提出を求めたが、原告は期限に提出せず、同年八月初めころ再度提出を指示したところ、ようやく同年九月一〇日に提出した。

(四) 本校では校外出張をする際、事前に出張伺いを教務主任を通じて提出し、被告が教育への支障や出張の必要性を判断して、これを認める扱いであるところ、同六〇年一月八日朝、原告は井上教諭とともに同月七日付で、同月八日、九日、一二日、一三日の全日本大学バスケットボール選手権大会の役員奉仕のために出張伺いを提出した。大会の性格上高等学校に直接関係がないこと、八日は始業式に出席する必要があることから本校の阿陪教務主任が、事務局と相談するよう指示し、宮田事務局次長は校長に相談するよう求めたところ、原告らは時間がないと言つて無断で外出し、同日の勤務を放棄した。

七  前項2後段の主張に対する認否

1  (一)の事実のうち、被告の校訓及び教育目標、服装の端正化、ネクタイの着用の要請があつたこと、同五九年一〇月一一日理事長から注意を受けたこと、ネクタイ着用を怠つたことがあること、入試説明会でジャンパーを着用したことは認め、その余は否認する。

原告は無気力な生徒の勉学意欲を向上させるため、休み時間を利用して生徒とソフトボールをするため、また、授業にも不便であつたことからネクタイを着用しないことがあつた。

入試説明会の際、原告は屋外の駐車場の係だつたので防寒のためジャンパーを着用したが、ワイシャツ、ネクタイは着用していた。

2  (二)の事実のうち、理事長朝礼への欠席及び遅刻の事実は認め、その余は争う。

原告は、一〇月二三日には本校に理事長朝礼に出席不能の電話連絡をしたし、いずれも授業に支障はなかつた。

3  (三)の事実のうち、レポートを提出期限に提出しなかつたこと、八月初め再度提出指示を受けたことは認め、その余は否認する。

原告は、被告理事長の指示を受け八月六日にレポートを提出した。

4  (四)の事実は否認する。

原告は被告に対し、一月七日出張伺いを提出し、承認を得て出張した。なお、同月八日は始業式、同月九日は一斉模擬試験で両日共授業の予定はなく、授業への支障はなかつた。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実及び原告が被告に昭和五九年四月一日付で本校の社会科担当の教員として採用されたことは、当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すれば、原告は同五九年一月二六日に被告の教員募集に応じて第一回目の面接を受け、同年三月一日の第二回面接の際、被告理事長から採用後の身分は常勤講師とし、契約期間は一応同年四月一日から一年とする旨説明されるとともに口頭で採用したい旨の申出を受け、当時一年の期限付の非常勤講師として採用内定を受けていた雲雀が丘学園への就業を辞退したうえで、同月五日、被告に提出を求められていた勤務後の抱負等を記述したレポートを作成持参し、その場で教頭代理の青野克彦及び横山孝美事務局係長から勤務時間、給料、担当すべきクラブ活動、教科等について大まかな説明を受けてこれを了承し、同年五月中旬、被告から求められるままに、原告が常勤講師として一年の期限付で採用された旨記載した契約書に署名捺印したことが認められる。

以上の事実によれば、本件契約は同年三月五日に同年四月一日の始期付で、かつ、契約期間を一年とするものとして成立したものとみるべきである。

もつとも、原告は、三回の面接の間、身分についての話は全くなく、かえつて前記第二回目の面接時には被告理事長から「雲雀が丘は断つて、うちで三〇年でも四〇年でもがんばつてくれ。」とか「公立の試験も受けないでうちへ来てくれ。」とか言われ、また、前記契約書への署名捺印は、被告事務局係長横山孝美から形だけのものと言われてその提出を要求されたのでそれに応じたものである旨供述し、また、<証拠>にも、これにそう菊井義夫の報告記載がある。

しかしながら、<証拠>によれば、本校は開設後間もなく一時に大量の教員を採用する必要があつたこと、また、原告のように教師経験のない者を新規に教員として採用するにあたつては、その適性について吟味する必要があることから、一年間の判断期間をもうける趣旨で一年の期限付契約を結んだものの、被告理事長は原告が右適性を有することを期待し、契約を更新して末永く本校において教鞭をとることを望んでいたことが認められるから、原告と一年の期限付契約を結んだことと前記原告に対する長期間の勤務を期待する旨の理事長発言とは矛盾するものではないうえ、その余の点についても、同時に教員として採用された二一名のうち、原告、右菊井、山崎某及び教師経験が豊富なため当初から雇用期間を定めずに教諭として採用された一名の者を除く全員が異議なく前記同内容の契約書への署名捺印の手続を了していることが認められること及び右証人らの各証言に照らし、原告の右供述及び甲第一二号証の記載はただちに採用することができず、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。

従つて、原告の詐欺もしくは錯誤の再抗弁はもとより理由がない。

三ところで期限付の雇用契約は、再三更新されるなどして期間の定めのない契約に転化したものとみられるなど特段の事情のない限り、期限の経過とともに当然に終了するものと解されるところ本件契約にはこのような特段の事情は認められない。。

すなわち、被告が期限付契約を採用した理由は既に認定した通り、本校が新設校で一時に大量の教員を採用しなければならない反面、教員の採用は慎重に行なわなければならないという事情にあつたためであり、また、期間を一年にしたのは、<証拠>によれば、学校教育は行事等も含め一年単位で行なわれるから、各教員にひととおりの経験をしてもらつたうえで、その適性を判断しようという趣旨であることが認められる。そして、本件契約は、これまで反覆更新されたことはないし、本校が新設校のため一年間の期限付常勤講師を経れば必ず教諭に昇格する慣例が存在していたわけでもない。更に前記認定のとおり、被告は長年の教員の経験を有する者については当初から期間の定めのない契約を締結しており、<証拠>によれば、同五九年度採用の教員(常勤講師)を同六〇年度に再雇用するにあたり、同年四月被告から同教員らに教諭の辞令を交付していることが認められるから、被告は期限付常勤講師と雇用期間の定めのない教諭を明確に区別し、期限付常勤講師については、一応一年間採用するものの、この期間は教員としての適性を判断するためのものであつて、教諭としての再雇用については未確定にしていたのであり、再雇用を前提としていたとは認められない。他に原告が契約は当然に更新されると期待しうる事情もないから、本件契約は期間満了とともに終了したものと解さざるをえない。従つて、正当理由がない限り更新拒絶は権利濫用として許されない旨の原告の主張は理由がない。

四そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中川敏男 裁判官東修三 裁判官松井千鶴子)

別紙賃金表(一)(二)<省略>

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